PDFやExcelも学習できる?RAGに投入できるデータ形式と前処理の方法
「PDFやExcelをそのまま放り込めば、賢く答えるはず」と思っていませんか
社内のサーバーには、PDFのマニュアル、Excelの仕様書、Wordの議事録、PowerPointの提案資料、スキャンされた契約書——膨大な文書が眠っています。RAG(検索拡張生成)を導入すれば、この資産を全部AIに読ませて、「あの件、どこに書いてあったっけ?」に賢く答えてくれる存在ができるのではないか——そんな期待を抱いて、検討を始めた方も多いのではないでしょうか。
ところが、実際に試してみると、思ったほどの精度が出ない、というケースが頻発します。「資料には書いてあるはずなのに、AIが見つけられない」「数字の表が変な解釈をされる」「同じ質問でも、ファイルによって当たり外れがある」——こうした症状は、AIモデルの性能不足のせいに見えがちですが、原因の多くは別のところにあります。社内に積み上がったファイルは、人が見ることを前提にレイアウトされていて、AIが意味のあるテキストとして読み取るには、けっこうな下ごしらえが必要です。この下ごしらえを軽視したまま導入すると、せっかくのRAGプロジェクトは、「期待外れ」のレッテルを貼られて静かに止まってしまいます。
RAGの精度を決めるのは、モデルよりもデータの整え方です
最初に申し上げておきたいのは、RAGの回答精度を左右する最大の要因は、最新のLLMを使うかどうかでも、ベクトルDBの種類でもない、ということです。多くの場合、社内データをAIが理解できる形にどこまで整えられたかが、最終的な品質の8割を決めています。
考えてみれば、これは当然のことです。RAGは、社内文書の中から関連する箇所をAIが見つけ、それを参考に回答を組み立てる仕組みです。文書側がごちゃごちゃで、レイアウト中心、表と画像と本文が入り乱れた状態のままだと、AIは「この情報はこの文脈で語られている」という意味を掴めず、的外れな箇所を引っ張ってきます。逆に、データを意味のまとまりごとに整え、適切な単位で渡してあげれば、それほど高価でないモデルでも、驚くほど的確な回答を返します。つまり、ボトルネックは技術ではなく、データ整備の設計です。そして、ファイル形式ごとに整え方の難易度はまったく違うため、「どのデータから手をつけるか」「どこに人手をかけるか」の判断軸を最初に持つことが、プロジェクトの成否を分けます。
この記事は「形式別の特徴と前処理の考え方」を整理します
そこでこの記事では、RAGに投入できる主なデータ形式を、AIから見た扱いやすさで分類し、それぞれの前処理の勘所を整理します。テキスト系、PDF、Excel、PowerPoint、画像・スキャン、HTML・メールといった現場でよく出てくる形式ごとに、何が落とし穴で、どこに人の手間を集中すべきかをお伝えします。
ポイントは、全てを完璧に処理しようとしないことです。社内に眠るあらゆるファイルを、最高品質でAIが扱える形に変換するのは、コストに見合いません。狙うべきは、「よく検索される情報が含まれるファイル」と、「前処理の手間に対して、得られる精度向上が大きいファイル」を見極め、そこに労力を集中することです。読み終える頃には、自社のデータ群を眺めたときに、「これは比較的そのまま投入できる」「これは前処理に投資すべき」「これはRAG対象から外してもよい」の判断ができる状態を目指します。
データの整え方がRAG精度の8割を決める
形式別に見る、RAGへの投入と前処理の勘所
ここからが本題です。社内でよく扱うデータ形式を、AIから見た難易度の順に整理し、それぞれの前処理の考え方をお伝えします。
形式1:テキスト系(プレーンテキスト・Markdown・Word)
最も素直に扱えるのが、プレーンテキストやMarkdown、文章中心のWord文書です。レイアウトより内容が主役のファイルは、テキスト抽出も、意味の単位での区切りも比較的容易で、RAGとの相性がとても良い領域です。
ここで押さえたいのは、文章をどの単位で「チャンク」に区切るかです。長すぎると検索の解像度が落ち、短すぎると文脈が失われます。目安としては、見出し単位や段落のまとまりを尊重しつつ、数百〜千文字程度のまとまりで区切るのが現実的です。Wordの場合は、見出しスタイルがきちんと使われていれば、その階層を活かしてチャンクを設計できます。逆に、見た目だけ太字にしている「擬似見出し」が多いと、構造を読み取れず精度が落ちます。社内ドキュメントの見出し運用が雑だと、ここで効いてくる——というのは、RAG導入で初めて気づきがちな盲点です。
形式2:PDFとPowerPoint(レイアウト中心の形式)
次に厄介になるのが、レイアウトを主役にして作られているPDFとPowerPointです。同じPDFでも、テキストとして抽出できる「テキスト埋め込みPDF」と、紙をスキャンしただけの「画像PDF」では、扱いの難易度が桁違いに違います。
テキスト埋め込みPDFなら、抽出ライブラリで文字を取り出せますが、それでもページ番号・ヘッダー・フッターなどのノイズが混じり、段組や表組みでテキストの順序が崩れがちです。これらをそのままチャンクにすると、「2列目の脚注と1列目の本文が連結された意味不明な文」になり、検索精度を大きく落とします。スキャンPDFの場合は、OCR(光学文字認識)で文字に変換する工程が必要で、精度はファイルの状態次第。読み取りミスがあれば、その誤字のまま検索対象になります。PowerPointも、テキストボックスごとに分かれた情報を、人が見るときの読み順で再構成しないと、AIには断片の寄せ集めにしか見えません。これらの形式は、「中身は重要だが、そのままでは投入できない」典型です。どこまで人手で整えるか、どこからは諦めるかの判断が、コストパフォーマンスを大きく左右します。
形式3:Excelと画像・メール・議事録(構造化/半構造化データ)
3つ目は、Excel、画像、メール、議事録といった、構造のクセが強いデータ群です。それぞれ性質が違うので、まとめて押さえます。
Excelは、表形式の数値データが中心の場合は、RAGの自然文検索と相性が悪いことが多く、「数値そのものをAIに自然言語で答えさせる」用途は得意ではありません。むしろ、各列の意味を説明する文(「この表は2025年度の月別売上で、A列が月、B列が金額」)を別途用意して、表の参照ルートとして使うのが現実的です。画像(写真、図、スキャン)は、説明文や図のキャプションをテキストで補ってRAGに乗せるのが基本。メールや議事録は、宛先や日付、発言者などのメタ情報を残したまま本文を抽出し、「誰が・いつ・何の文脈で語ったか」が分かる形に整えるのがコツです。チャンクごとに、出典ファイル名・更新日・部署といったメタデータを付けておくと、検索精度と回答の信頼性が大きく上がります。とはいえ、こうした形式別の前処理設計を、社内だけで判断しきるのは負荷が大きい領域です。データの棚卸し、形式ごとの優先順位づけ、前処理パイプラインの設計までを伴走できる アトリエ・バイナリ(atelier binary) のような取り組みを使えば、「とにかく全部投入してみる」のではなく、効果の出る順に手をつけられるようになります。
形式別の前処理難易度を見極める
こんな立場の方に、この前処理の考え方をおすすめします
- 社内のPDFやExcelをRAGに投入する計画を立てているが、「とりあえず全部読ませる」では精度が出ないのでは、と感じ始めている情シス・DX推進担当の方
- RAGの実証実験で思った精度が出ず、モデルを変えるべきかデータを整えるべきか、投資の方向性に迷っている技術リード・プロジェクトオーナーの方
- 大量の社内文書を抱えており、どのデータから手をつけるべきか、優先順位の判断軸を持ちたいと考えている情報管理責任者の方
データの前処理は、RAGの設計の最上流で決まり、後から取り戻すのが難しい領域です。チャンクの単位、メタデータの設計、対象ファイルの絞り込み——ここを曖昧にしたまま走り出すと、後から「やっぱりやり直し」が頻発し、プロジェクトの体力を大きく削ります。逆に、最初に「自社のデータ群を、形式と重要度で分類し、前処理にかける労力を順位づけする」工程を挟むだけで、その後の実装も運用も、見違えるほどスムーズに進みます。
まとめ
整えられたデータでRAGが社内文書を的確に活用する姿
RAGの回答精度を左右する最大の要因は、最新のLLMでもベクトルDBの選定でもなく、社内データをAIが理解できる形にどこまで整えられたかです。だからこそ、検討の最初に持つべきは「どのデータから手をつけ、どこに人手をかけるか」という判断軸です。
押さえるべきは、(1) テキストやMarkdown、構造のしっかりしたWordは比較的そのままでも扱える、(2) PDFやPowerPointはレイアウトのクセに応じた前処理が要り、スキャンPDFはOCRの精度がそのまま検索精度に直結する、(3) Excelや画像、メール、議事録は構造のクセが強く、メタデータの設計と説明文の補強が効く——という形式別の特徴です。そのうえで、「よく検索される」「前処理の効果が大きい」ファイルから順に投資すれば、限られたコストで最大の精度向上が引き出せます。
まずは、自社のRAG対象にしようとしているファイル群を、形式ごとにざっくり棚卸ししてみてください。「テキスト系がほとんどなら導入は素直」「PDFが大半なら前処理に予算を割く必要がある」——それだけでも、プロジェクトの現実的な見通しが立ちます。データの整え方を最初に設計できれば、RAGは「期待外れ」になることなく、社内の眠れる知を継続的に活かす基盤として、確かな手応えを返してくれます。